岩手県の盛岡市には、「盛岡三大麵」と呼ばれる麺料理がある。

わんこそば、盛岡冷麺、そして盛岡じゃじゃ麵の3つである。

今回のお話は、私が盛岡じゃじゃ麵を食べた時にとても印象的だった事を書き記したいと思います。

2007年の11月のこと。
私は北海道をバイクで旅した後、フェリーで青森県の大間に戻り、そのまま東北を南下しながら帰路についていた。

バイクを乗る人はわかると思うが、冬に長時間走るのは、マジでクッソ寒い。
よく、風速が上がれば体感温度は寒く感じると言うように、時速60キロで走っていたら、実際の気温よりかなり寒く感じる。
その状態で3時間でも5時間でも走り続ければ、身体はガタガタ震えながら、奥歯はガタガタ言わされながら、我慢して走らなければいけない。

11月中旬の東北は寒かった。盛岡駅の近くにバイクを停めた時にはもう夜が更けていて、たまたま目に入った電光掲示板には「現在の気温9度」と表示されていた。

私はしばらくの間動けなかった。バイクの横で車の輪止めに座ったままブルブル震えていた。
全身が硬直してしまっていて、本当に動けないのだ。
エンジンを切ってバイクから降りるだけで1分以上かかってゆっくり降りた程だった。

その気になれば片手と片足で運転できるAT車と違って、バイクは両手両足全部に役割がある。
右手はアクセルと前輪のブレーキ、左手はクラッチ、右足は後輪のブレーキ、左足はギアと、常に4本全部を使いながら運転する。

ただでさえ運転中は不測の事態に備え筋肉が緊張状態にある上に、寒さで身体が冷やされ、冬に長時間運転すると、全身がガチガチに硬直して動けなくなってしまうのだ。

身体はガタガタ震えながらも、動けるようになったら何食べようかと、頭の中はそればかりだ。
せっかく盛岡に来たのだから、盛岡三大麵のどれかを食べたいとは思ったが、まず真っ先に、盛岡冷麺は響きからして却下。
「冷」って字を見るだけでもう寒いもの。
わんこそばはいいけど、あれは一人で気軽に食べるものじゃあない。あれは大人数でワイワイやりながら何杯まで食べられるか挑戦するものだ。

という訳で、問答無用で選択肢はじゃじゃ麵に絞られた。

駅のまわりを適当に歩いてりゃ見つかるだろうと思い歩いていると、地下連絡通路に並ぶレストランの一つに盛岡じゃじゃ麵の店を見つけた。

メニューを見ると、メインはじゃじゃ麵以外に無い。
選べるのはじゃじゃ麵のサイズと、飲み物や卵のオプションぐらいだ。
いいね。ここにしよう。

夕方の忙しさのピークを過ぎたのか、店内に客はおらず、私一人だった。
店員は、おばちゃんが2人で、一人はキッチン担当、もう一人はフロア担当のようだった。
私は奥の席に座り、じゃじゃ麵の中サイズをおばちゃんに注文した。
じゃじゃ麵は麵を食べ終わった後に、器に卵を落として「鶏蛋湯(チータンタン)」という卵スープにするのだが、貧乏旅が染みついていた私は「それはいいです」と断った。

じゃじゃ麵を待つ間、この先の観光する場所やルートを考えようと地図やガイドブックをテーブルに広げ眺めていた。
すると、サラリーマンが一人入ってきて、私と同じくじゃじゃ麵の中サイズを注文した。

2~3分後、キッチンからおばちゃんがじゃじゃ麵を持って現れ、サラリーマンのテーブルに置いた。
サラリーマンは、一瞬「あれ?」って表情でこっちを見たが、まぁいいかみたいな雰囲気で食べ始めた。

私は「キッチンにいたおばちゃん順番勘違いしたんだな」と思ったが、全く気にせず地図を見ていた。
こっちは全然急いでないし、むしろ少しでも少しでも長く暖かい店内にいたいぐらいなのだ。

他事をやっていたフロア担当のおばちゃんが間違いに気づき、慌ててキッチンのおばちゃんに何か言い、私のテーブルにじゃじゃ麵を持ってきた。
おばちゃんは必死に順番を間違えた事を謝ってくれた。
いやいや全然大丈夫ですからほんとに気にしないでくださいと私は笑顔で応じた。

じゃじゃ麵は美味しかった。
ラーメンのように、熱いスープで身体を温めるって訳にはいかないが、麺と肉味噌ときゅうりの絡み具合が美味しかった。

ちょうど食べ終わる頃、おばちゃんがさっきのお詫びにと卵を持ってきて、鶏蛋湯を作ってくれた。

ありがたくご厚意に甘え、鶏蛋湯をいただいた。
今度は胃から身体が温まった。

お会計をしようとレジに行くと、驚くことに、おばちゃんがお代はいいからと言う。

私:「いやいや、そんな訳にはいかないですよ、払います!」
おばちゃん:「いいのよ、ほんとに、こっちの手違いで迷惑をかけちゃったんだから。」
私:「いやいや、ほんとに、全然気にしてないですから!」
おばちゃん:「大丈夫、怒らずに笑顔で許してくれたのが嬉しかったの」
私:「じゃあじゃんけん!じゃんけんで勝った方が決めましょう!」
おばちゃん:「あははは、いいのよ本当に。その代わり、盛岡にこんなおばさんがいたって事を地元で話してちょうだい」
私:「・・・(うぐぅ、何も言えねぇ)。」

結局、根負けしてお代を払わずにお礼を言って店を出た。

私は、満たされていた。
お腹の事ではない。
払わずに浮いたお金の事でも当然ない。
ココロが満たされていた。

テーブルに広げられているガイドブックと小汚い身なりで、私が県外から来てあちこち旅行しているのがわかった上での最後の発言だったのだろう。

約束通り、地元に帰ってから、機会があれば私は盛岡じゃじゃ麵の店のおばちゃんの話を友達にした。

2011年に東日本大震災があった時は、主に東北地方でたくさんの人達が被害を受けた。
私は何度か盛岡じゃじゃ麵の店のおばちゃんを思い出し、おばちゃんは無事だろうかと心配し胸が痛んだ。

そして2017年には、私は再度この盛岡じゃじゃ麵の店を訪れている。
相方と北海道へ車で旅をしたのが、その際に相方に事情を話して、どうしても盛岡で寄りたい店があると頼んだのだ。
朧げな記憶を頼りに店を探す。
見つけた。

今度はちょうど昼時だったので、店内はほぼ満席で賑わっていた。
店員は若い人を含めて2人以上いて、忙しく動き回っている。
別にあの時のおばちゃんに再会できることを期待していた訳ではない。
何しろ10年の年月が経過していたし、こっちもおばちゃんの顔まではさすがに覚えていない。

けど、この店にもう一度来てきちんとお代を払うという行為が自分の中で大事なことだった。
私はまた盛岡じゃじゃ麵の中サイズを注文し、卵も頼んで鶏蛋湯にした。

おばちゃん、あの時はありがとう。
じゃじゃ麵、美味しかったです。ごちそうさまでした。

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